COLUMN

新・デザイン@ランダム

第7回 人類とデザイン – その2

人類は人類のみが持つ美意識により豊かな世界を創り出すことが出来た!
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By Plp at the German language Wikipedia, CC 表示-継承 3.0, Link
24,000年前に作られた人類が製作した初めての彫像
前項で述べてきましたが、人類は2足直立歩行を始めることにより持ち得た3大能力、道具の創造・言語能力・火の使用、
という広い意味でのデザイン能力により地球上に壮大な文明、文化を築き上げて来ました。
本稿ではその3大能力による文明的・物質的な発展のみならず、
精神的・文化的な成果をもたらすことになった人類のみが持つ「美意識・美的感性」について述べることとします。
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1879年、スペイン北部の大西洋に面したカンブリア州に存在する「アルタミラ洞窟」において、
この地の領主でありアマチュアの考古学者を父に持つ5歳の少女マリアによって偶然発見されました。
1985年にはユネスコにより世界遺産として登録されています。
当初はその年代について種々の説があったが1990年代に入って科学的な調査により、
先史ヨーロッパ時代区分による「マドレーヌ期、約18,000年~10,000年前」と呼ばれる旧石器時代末期に描かれた
野牛、猪、馬、トナカイなどの動物を中心とする壁画がリアルな表現で描かれています。
同種の洞窟壁画はフランスのラスコーでも発見されています。
これらの壁画が意味するものは多々あるものと考えられますが、まず、約2万年前の人類が現代人とほぼ同じレベルの美的表現能力、
すなわち、創造力・想像力・描写力、を持っていたという事実を明確に示しています。
それに加えて私が強く感じているのは表現の対象を細部に至るまで再現する観察力、描写力に加え、
そのすべてをイメージとして正確に記憶する能力の高さです。
何故ならば、これらは壁画であり外光が殆ど差し込まない洞窟内(発見が遅れた最大の理由といえます)で
松明等の乏しい灯りの中で描かれていることであり、
当然対象物を目前にした写生ではないということであります。
すなわち、この作者は洞窟外の自然の中で対象をその動きも含めて正確に観察し、自身の大脳に記憶として留め、
改めて自然の光の届かない洞窟の壁面に再現したものと考えられます。
近代ではイメージを正確に記録する方法は多様に存在し、多様な表現に変化させることも可能でありますが、
この洞窟壁画の制作者(個人ではなく複数の制作者と考えられる)は下絵を描く描写道具も無く、
自分自身の大脳の中に映像として記憶し、外敵に襲われない安全な洞窟内でその記憶を再現したものと考えられます。
ただ、その目的は明確ではなく、狩りの成果の記録・狩の成功祈願・生贄の代替としての表現であったのではないかとされています。
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By Egyptian7QEfHGibJ_8pkQ at Google Cultural Institute maximum zoom level, Public Domain, Link
洞窟内ではありませんが外部から遮断された空間に描かれた壁画としては有名なエジプトのピラミッド内の地下空間に描かれた壁画があります。
しかしこれらの壁画は、例えば偉大な王の死後の世界の表現の様に抽象的、象徴的な表現様式であり、
アルタミラの洞窟に描かれたリアルな動物の表現とは全く相違します。
しかしこれらの制作物について共通して言えることは専門家の存在が考えられます。
当時のすべての先人たちがこのような現代の芸術家に匹敵するほどの表現能力を持っていたとは考えられません。
そして、前項でも述べた精巧な石器や道具の制作についても同様であり、相当早い時期から専門職能が成立し、
そしてそれに伴い個々の優れた能力を活かす分業制度がこの時代でもすでに始まっていたものと言えます。
当時の先人たちが生きてゆくためには狂暴な外敵から身を守るために、小規模のグループとしてまとまった集団で生活していたと考えられますが、
そのグループをまとめるためのリーダー的な存在はあったとしても現在のような複雑な上下関係ではなく、
複数の家族をまとめるための長老的存在でしかなかったのではないでしょうか。
その比較的平等なグループの中で前項でも示した石器をはじめとする道具の製作には必然的に技能の個人差が生じることとなり、
自然発生的に個々の専門能力に対応する分業化が始まったものと考えられます。
このような状況の中で前述の高い美意識に支えられ、高度な表現力、描写力を持った人々もその存在意義を認められたに違いありません。
この様な才能が連綿と受け継がれ、その後のギリシア・ローマ、そしてルネッサンスの壮大な美の創造に繋がっていったに違いありません。
以上、この項終わり。
次項は、建築、絵画、彫刻のみならず18世紀の産業革命につながる科学技術の黎明期でもあった
15世紀のルネッサンスについて述べる予定です。

坂下 清 
(一財)大阪デザインセンター アドバイザー

大阪生まれ。1957年東京芸術大学美術学部図案科卒業。同年早川電気工業(現シャープ(株))入社。さまざまな家電製品のデザインを行う一方、全社CI計画を手がける。
取締役、常務取締役、顧問を経て1997年退任。

Corporate Design Management研究をライフワークとし、大学、関係団体、デザイン研究機関にて活動を継続。

2000年~2012年(一財)大阪デザインセンター理事長。

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