COLUMN

新・デザイン@ランダム

第8回 人類とデザイン – その3

ルネッサンスは絵画、彫刻、建築等の芸術のみならず18世紀の産業革命につながる技術開発の夜明けであった。
しかし、天才ダ・ヴィンチもエンジンが無いため空を飛ぶことは出来なかった!

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長期間にわたった中世の封建社会の呪縛から解放されて、15世紀から16世紀にかけてイタリアを中心に花開いた”ルネッサンス”。
フランス語で再生を意味し、ギリシア、ローマの端正な古典の復活、
あるいは14世紀半ばにイタリア半島を中心に猛威を振るった黒死病(ペスト)からの再生を意味するとも言われています。
初めて遠近画法を使い、聖母マリアが受胎を告知される瞬間を静謐な筆致で描き出したジオットに始まり、
神秘的な魅力を秘めた”モナ・リザ”の作者でもあるダ・ヴィンチ、ダビデの彫刻に代表される彫刻から
システィナ礼拝堂の壁画、サンピエトロ寺院の設計にまで幅広い才能を発揮したミケランジェロ、
慈愛に満ちた聖母マリアを見事に描き出したラフアエル、そして、ダンテ、ボッカチオに代表される人間性豊かな文芸作品等々、
ほぼ100年にわたって幅広い分野にまたがる創造活動が活発に行われた時代でした。
日本ではその芸術的な面を強調した「文芸復興」と称されたのも当然であったと考えられます。
そして、これらの活動を支えたのはイタリア中部の都市”フィレンツェ”の実質的な支配者であり
銀行家として芸術家たちをパトロンとして支えたのがメディチ家であり、
また、権力的なサポートをしたのがローマ法王であったと言えます。
しかし、一般的に強調されている芸術分野のみならず東方サラセン文明から伝えられた
数学、天文学、等の科学技術が着々と多くの成果として現れ、
近代化の幕開けとなる18世紀の産業革命の原動力となった時代でもあったことに着目すべきでしょう。

*ルネッサンス期の3大発明、黒色火薬・羅針盤(大航海)・活字(印刷技術)
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左:By User:Bios~commonswiki投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link / 右:出典 www.brainsellers.com
先ず”黒色火薬”は10世紀中国の戦国時代の発祥とされイスラム圏、地中海を経由してヨーロッパに伝えられたとされています。
それまでの土木建築工事は素朴な工具と人力に頼らざるを得ませんでしたが、黒色火薬の使用により大幅に工期が削減されることになり、
橋の建造、道路の整備、寺院、宮殿等の大型建築等都市の発展に貢献することとなり、
その後19世紀半ばにノーベルによる”ダイナマイト”が出現するまで大きな力を発揮しました。
そして、一般の市民生活には直接の関わりはありませんが、これらの技術革新に大きな影響を与えたのが
偉大な天文学者コペルニクスが唱えた”地動説”すなわちそれまでキリスト教会によって真理とされていた
「地球は動かず天が動いているとする天動説」に対する根本的なアンチテーゼであり
「地球は丸く、1日24時間の周期で自転している、そして太陽の周りを年に一度の周期で自転している」としました。
この説はもちろんキリスト教会から非難を受け最近になって回復を認められるまで教会から破門されるという処分を受けたが決して自説は曲げず、
その後17世紀前半にガリレオ・ガリレイは天体観測を続けた結果として正しいと主張しましたが
その理論が定着するには18世紀まで待たざるを得なかった。
その後、マゼラン、コロンブスらによる”大航海時代”が始まり、結果として地球は丸いことが実証されることなった。
コロンブスの有名な言葉として「地球が丸いのだから大西洋を東に向かって進めば必ず元の港に戻ってくることが出来るはずだ」
そして、それを実現するための有効な手段となったのが、地磁気を感知することにより方位を正確に示す”羅針盤”であり、
航海者の活躍により結果として地球が丸いことを実証することになりました。
大航海時代に先立ってヨーロッパでは11世紀から13世紀末にかけて続いた「十字軍・イスラム教徒とキリスト教徒との闘い」、
そしてマルコ・ポーロのアジアへの旅に基づく「東方見聞録」等々、閉鎖的であった中世に代わって国際化が徐々に始まり、
そして、前述の地動説に基づく”地球は丸い”という認識、また、イスラム圏を介して伝えられた”黒色火薬””羅針盤”、
これらの条件が重なり大西洋に面したスペイン、ポルトガル、イングランド等の諸国が
幻の新大陸”アメリカ”そして新たな富の獲得を目指して覇権を競うことになりました。

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By Aodhdubh at English Wikipedia, CC BY 2.5, Link
私見ですがルネッサンスの3大発明の中でその後に続く産業革命のみならず、近代にいたるまで
グーテンベルグによる活字とそれを生かした印刷機の発明は、
それまでの手書きや木版による情報伝達の手段を大きく変え世界を大きく変革することになりました。
前項で紹介した文明初期の楔形文字は複製不可能でしたが、活字は何回でも、
また、組み合わせを変えることにより全ての単語に対応することが可能であり、
広く各地に情報を伝達することが可能になりました。
あえて言うならば”第1次情報化時代”を実現したと言えます。
活字が成功した最大の要因は西欧社会で使用されていた文字が「表音文字」であったことだと考えられます。
アルファベット24文字、1から10までの数字、そして少数の記号があれば文章を作ることが可能であり、情報伝達の有効な手段となりました。
一方、すでに先行していた文明圏であった中国の漢字は象形文字から変化した表意文字であるため、
文章を構成するためには大量の文字が必要であり、経典のように文章全体を木版で作成せざるを得ませんでした。
その結果として情報化には後れを取ったことになります。
そして、この成果を実現した背景には「紙」の存在があります。
紙は紀元前150年頃、中国前漢時代に発明され、8世紀にはモンゴルのサマルカンドに製紙工場が存在し、
12世紀にフランス、そして18世紀にはイタリーに製紙工場が稼働していたことから「活字による印刷」が急速に普及したものと考えられます。
これらの発明が次項に述べる「産業革命」そして、高度なテクノロジーに支えられる近代社会へ移行していくことになります。
その中でデザインが果たした大きな役割について述べることにします。

坂下 清 
(一財)大阪デザインセンター アドバイザー

大阪生まれ。1957年東京芸術大学美術学部図案科卒業。同年早川電気工業(現シャープ(株))入社。さまざまな家電製品のデザインを行う一方、全社CI計画を手がける。
取締役、常務取締役、顧問を経て1997年退任。

Corporate Design Management研究をライフワークとし、大学、関係団体、デザイン研究機関にて活動を継続。

2000年~2012年(一財)大阪デザインセンター理事長。

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