ディーズ・ボイス

2012.03.02

十分ではないが、必要。

コウデザイン研究所 代表黄 俐堅氏

もう20年近く前の話になるが、電機メーカーに勤務していた頃、「技術者サミット」なる社内イベントにデザイン部門代表として参加したことがある。参加者への事前アンケートで今一番作りたいものは何か?という質問があり、考えた末に「何でも出来るモノリス※のような黒い板」と書いた。
※モノリス=映画「2001年宇宙の旅」に登場する黒い板状の物体

当時日本の家電AV機器のデザインは、普及し始めた3D-CADを頼りにダイナミックな曲面造形に挑戦していた。曲面デザインをモノにしようと奮闘しつつ、一旦設置したら1ミリたりとも動くことの無い大型テレビになぜスピード感のあるフォルムが必要なのか、疑問を抱えていた若い自分の葛藤が「モノリス」という言葉に結びついたのかもしれない。
時を経て今、目の前に薄型TVがありiPhoneがある。「何でも出来るモノリス」が自宅にあり、身につけて持ち歩く時代になった。身の回りのモノたちは過度な主張のない、抑制の利いた理性的なフォルムをまとったものが増えた。
昨年、足踏みペダルを内蔵した散水ホースのデザインをしたが、内部の機構部品が大きく、これをうまく収めつつ全体を破綻の無いかたちにまとめるには曲面をうまく制御する必要があった。やみくもに単純な形状に収めようとするとあちこちに望ましくない突起やデッドスペースが生じる。最終的には無駄の無いフォルムにまとめて好評をいただいたのだが、ここで生きたのは曲面造形の経験だった。
デザインはただ色とかたちを決めることではない。絵を描いて図面を書くだけの仕事ではない。デザインの意味は広がり続け、もはや単なるスタイリングをデザインと同一視していた時代は終わった。この点に異論を唱えるつもりは全く無いし、今後デザインがどのように社会に関わるべきか常に考えていたい。しかし、それは造形をないがしろにして良いということだとは思わない。美しいフォルムは良いデザインの十分条件ではないにしても、今もこれからも必要条件であり、デザイナーはそのために努力するものだと思っている。

コウデザイン研究所 代表 黄 俐堅氏
プロダクトデザイナー。1965年神戸市出身。家電メーカー、CIコンサルタント会社を経て独立。以来、中小企業の製品開発をサポート。近年仕事で中国へ行く機会が増え、自分の中国語が自己評価以上にちゃんと通じていると知り喜ぶ。
http://k-d-l.jp