座標

2011.08.19

未来に残したい日本の遺産

平井憲一建築事務所 主宰平井 憲一氏

■先人からの贈り物

設計を始めた頃は「新しさ」を求めていた。
しかし、時代をリードできる程のデザイン力も無く暗中模索している時に、江戸末期の民家に出会った。1980年高度成長期で時代のニーズも、既設のモノを解体して経済性と効率を考えて早く・安く出来る建物が求められ大量生産されていた。一方で建築家・デザイナーは、新しさを求めてDesignを競っていた。そんな中、増築依頼があり現地に伺うと、ひっそりと重厚さが漂う古びた木造家屋が目の前に現れた。場所は大阪市内にあり敷地は約300坪、裏門のギィギィと音がする潜り戸から前庭に入ると左に母屋・蔵・離れ・奥座敷があり、その一角に離れの増築を希望された。クライアントに離れを増築をした後、「この母屋はどうするんですか?」とお尋ねしたら、「私の代はこの状態のまま維持するが、息子の代にはどうなるか分からない」と言われた。確かに前時代的な住居形態で現代人には無用と判断され多くの建物が解体されようとしている。
しかし、私は朽ち枯れた古びた建屋が、人々の生活を連綿と紡ぎ、風雪に耐え、家族を守り抜いた生命力や、キズつき汚れていても「木」の持つ人肌にも似た温もりは、経済性と合理性を求めた新しい建築では得ることができない先人が残してくれた遺産だと確信して、「受け継いだ遺産」を「次の世代に受け渡すこと」が大切ではないかと思い、増築では無く再生の道を提案した。

■「Old & New」

再生を考える場合、復元させる方法論が一般的であるが、質素でモノを大切にしてきた先人たちと、現代人のモノに占領された住環境を考えれば、古い建築様式の形だけを残しても、現在のライフスタイルにそぐわない。記念碑的な用途であれば良いが、人が生活を営む住まいとしては、蘇生をさせるべきだと考えた。
次の三つのキーワード「既存部分の良いところは残す」「切り捨てるところは切り捨てる」「新しいモノで良いところは取り入れる」そして、その地域の気候風土に根ざした固有の建築形態の中に、機能的で便利で使い勝手が良く居心地のよい空間を模索した。そして完成したのが「中浜の家」である。
当時は、「古民家」の定義はなかった...。同時期に四国の新居浜市でインテリア雑貨と住まいの機能を持つ「UCHIDA」が完成した。トップライトを設け、吹抜になった空間にブリッジを設けた白の空間で、外観は、多角形の敷地のため逆発想で道路側の壁をずらす事でスリットを作り出し、連続する単純な壁パネルにより、見る位置によってデザインが変わって見える。建物をライトBOX化させ建物全体をサインになるようにした。インパクトのある建築が出来たと自負していた。
今から30年前のことである。

■建築の生命力

その後は新しさを模索する中で民家再生の仕事に携わることを願ったが、バブルが崩壊するまで地方都市までもスクラップ&ビルドを繰り返し、先人が残してくれた大切な遺産の多くが潰され、早く・安く手間ひまを掛けない建物群と、Designをすることに情熱を燃やした斬新な建築が私たちの前に現れることになる。当然、私も時代の潮流に流されていた。
1990年ようやく民家を再生して欲しいと依頼が来た。「榛原の家」は三世帯同居をするために、マンションを売却して榛原の山村集落の一軒家を購入した仲間のグラフィックデザイナーからである。眼下に雲海を眺めることができ、「日本むかし話」に出て来そうな農家である。再生の方法論は、自論の三つのキーワードにグラフィックな要素を入れこんだ。
その後、四国の新居浜市で設計依頼が来たので現場視察に行き、10数年ぶりに「UCHIDA」に向かったが、久しぶりに来たせいか場所が分からずにウロウロして電話で確認すると、何度も通り過ぎた所にあり愕然とした。完成写真のイメージがあった私の前に現れた建物は、自然の試練を受け醜く年を重ねた姿を曝け出していた。完成した時は、ピカピカに輝き人びとにインパクトを与えた建築は存在していなかった。
外壁のメンテナンスをやっていればもう少しイメージが違ったかも知れないが、建築の生命力について考えさせられた。

■流行と不易

ファッション界でよく使われる言葉がある。「ファッション」「モード」「スタイル」。
建築デザインにも、その時代の流行があり建物のカタチを見れば建築された年が分かるものがある。その当時は洒落た格好をしていたつもりであっても、過去の写真を見た時に恥ずかしくなるものがあるが、ファッションであれば良いが、建築の場合はその都市の景観を創り、処分する事も移動させる事も出来ない。
現在の日本の街並みは、さまざまな流行のデザインが混ざり合い混沌とした景観を創り出している。それが魅力と感じる人びとがいるかもしれないが、私は、ヨーロッパの街並みの方が好きである。欧米諸国はどの国も同じようなデザインで統一された街のように見えるが、よく見ると個性を持った個が集合していて、密度の高いスタイルを持ったデザインで構成されている。
共通点は、さまざまな様式=スタイルを美の世界にまで昇華させ大切に保存している。外部は建築様式を復元して、内部は自分たちのライフスタイルに合わせて上手くリフォームしている。「不易」=変わらないこと、変えないほうが良いとヨーロッパは教えてくれている。
一方、日本は如何か? 美しい日本! は何処にあるのか、確かに名所旧跡があり世界遺産もある。しかし、人びとが生活する街は「流行」に流された街並みが残照にうなだれているように思う。

■記憶喪失の都市

大阪人の私が好きな建築が消えてゆく。
「ソニー・タワー」「キリンプラザ」「歌舞伎座」その他にも町中の記憶にあった建物がドンドン消えていき、新しい建物が以前からそこにあったように建っている。つい先日も住み慣れた町の石畳みの階段を上がった処にあったおしゃれなカフェが消えていた。その場所に立った時に私の頭も真っ白になった。
自分の歴史も消されたような気がする。
欧米人が「歴史を大切にしない国に未来は無い」と言っていた言葉が身に沁みる。
観光立国を目指すと政治家が言っていたが記憶喪失の街に魅力は無いと思う。

■今の建築は社会資産になりえるか

私が、建築設計の仕事が好きなのは、モノ創りの中でもDesignだけでは完成しないところだ。デザイン力がある!だけで建築を創りあげることは出来ない。
建築される「場」の周辺環境を読み解き、法律・構造・設備の知識を持ち、クライアントの要望をまとめ、与えられた予算の中で、機能性とデザインを両立させたプランを作り、プレゼン能力を発揮し、現場では沢山の技術者の方たちの協力を得てようやく完成させ、その建築が地域社会・個人にインパクトを与え、受け入れられた時の歓びと、自分が生きた標を残せる! と思ったからである。建築は少なくとも100年以上は地球上に存在すると思っていた。
しかし、近年の「潰されていく名建築」を見ていると30年程で解体されてしまう。
多くの偉大な建築家が精魂こめて創りあげた作品が、効率と経済性によって潰されていく。
私たちの作品群もどうなるのか分からない?
一方、個人住宅はどうか? 住宅も戦後建築されたものは建て替えられている。当然、私の事務所にも依頼が来るが、私は基本的には建築は社会資産だと考えているから、増改築出来るものであればそうしたいが出来ない。一つは建築基準法によって阻まれる、もう一つは再利用したい建物では無いからである。

■古民家再生で見える、日本の気候風土にあった住まいの「かたち」

現在、「古民家再生ネットワーク」の代表をして、北は札幌、南は宮崎から依頼を受けて古民家を再生している。前述したように現代の建築はその地方の気候風土に関係なく経済性・効率性・技術力・時代のトレンドによって生産されてきた。
最近の住宅は、箱を積み重ねて軒先・庇を無くした木造の白い建物がトレンドである。それらの家をみて30年前の「UCHIDA」のように自然の洗礼を受けた姿が想像出来る。軒先・庇があれば、夏の陽射しを遮り部屋の室温の上昇を抑え、窓ガラスも汚れにくく、外壁の雨だれからも保護する。たかが軒先・庇の有無だが年月を積み重ねると建物に与えるダメージは大きい。
新しい技術・素材で自然に立ち向うことは出来ないことを歴史が証明している。
古民家は、先人の木を知り尽くした匠たちが、長い歴史の中で試行錯誤して確立した「風土に根ざした建築」は、時空を超えて枯れた美しさを持続できる。
エコロジーの知恵も沢山詰まっている。
世界に類を見ない優れた日本の木造建築を次の世代に受け渡し、家族・地域の記憶の伝承の一助になればと思い行動している。
復元再生では登録有形文化財「藤岡家住宅」復元再生プロジェクトに参加している。
個人の古民家再生住宅では、「必然」と「無用」を明確化させ、「時代」を取入れ、「Old & New」= 古いようで新しい! 新しいようで古い! をコンセプトに再生した古民家が、「堺の家」「佐野の家」「富田の家」「五條の家」「学文路の家」「慶応三年の家」である。 果たして、どこまでサスティナビリティを維持できるか。

平井憲一建築事務所 主宰 平井 憲一氏
1951年大阪生まれ。音楽家になりたいと思っていたが、素質の無さに気がつき断念、その後、建築の魅力を知りモーレツに勉強して1976年に一級建築士を取得。1978年にアトリエ・サムを開設して、住宅をメインに我流で創作活動を始める。その後、1987年に平井憲一建築事務所に改名、現在は大阪デザイン振興プラザにて活動。シンプル&モダンを基本に住宅・ビル・マンション・医療空間・商業施設・幼稚園等の設計監理を行う。
登録文化財の復元再生・古民家再生を行う「古民家再生ネットワーク」の代表。
1997年度 大阪まちなみ賞(大阪都市景観建築賞):奨励賞 「二葉幼稚園」
奈良市建築文化賞:奨励賞 「天極堂・奈良本店」
1998年度 奈良県景観調和デザイン賞:奨励賞 「天極堂・奈良本店」
2005年度 住まいのリフォームコンクール:国土交通大臣賞 古民家再生「堺の家」
2008年度 住まいのリフォームコンクール:住宅金融支援機構 理事長賞 古民家再生「五條の家」